生成AIの発展により、勉強方法が大きく変化しつつある。かくいう私もだいぶ違うやり方を採用するようになったため、ここに新しく執筆することとした。
平成の時代、何かを調べるといえばGoogle検索が主役だった。キーワードを打ち込み、表示されたリンクの中から信頼できそうなものを選び、複数のページを読み比べ、自分の頭の中で情報を統合する。この「検索→選別→統合」という3ステップが、調べ物の基本形だった。
生成AIの登場により、このプロセスは**「質問→回答」の1ステップ**に圧縮された。自然言語で問いかければ、複数ソースを横断的に統合した回答が即座に返ってくる。
Web検索時代、人間が担っていたのは「情報選別」だった。入口では適切なキーワードを選ぶ力、出口では複数ソースを読み比べて取捨選択する力が求められていた。クリティカルに検索ワードを選択できる人かどうかで入口の時点で差がつき、その後も時には矛盾する情報を自力で統合する必要があった。
生成AIは、この入口×出口両方の選別作業を一括で引き受けた。自然言語で問えば文脈を汲み取り、複数ソースを横断的に統合した回答が返る。検索リテラシーの壁が下がると同時に、特に複数の情報ソースを横断的に把握したい場面での恩恵が大きい。
検索はあくまで「既知の情報を探す」行為だった。一方、生成AIは思考の壁打ち相手になる。未整理のアイデアをぶつけて構造化してもらったり、自分の理解が正しいか確認したり、別の視点を提示してもらったり。勉強のプロセスそのものが、「受動的なインプット」から「能動的な対話」に変わった。
同じテーマでも、専門家に向けた説明と素人に向けた説明では、求められる粒度がまるで違う。検索結果は万人共通であり、自分にあった解釈を作るのに苦労する局面が多かった。しかし、生成AIでは前提知識や目的に応じた回答を引き出せる。「自分のレベルに合った情報」に最短でたどり着けるようになった。
便利になった一方で、生成AIを活用する上で意識すべきことが3つある。
検索時代は情報ソースの選択も含めて選別するのが、人間の仕事だった。一方で、生成AIの回答は複数ソースの統合結果であり、出典が曖昧になりがちである。
便利さに甘えず、「何を根拠にその回答なのか」を常に問う姿勢が不可欠。Evidence basedなのか、Narrative basedなのかによって、だいぶニュアンスが異なる。